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永瀬忠志(ながせ・ただし)

永瀬忠志(1956年)島根県生まれ

アジアてくてく記―足で旅した6200キロ主な経歴・業績:
・1975年、日本徒歩縦断(3200km)
・1978年~翌年、オーストラリア大陸徒歩横断(4200km)
・1982年~翌年、アフリカ大陸徒歩横断挑戦 ナイジェリアで盗難に遭い断念(6700km)
・1989年6月~翌5月、アフリカ大陸徒歩横断 サハラ砂漠徒歩縦断(1万1100km)
・1998年7月~8月、モンゴル・ゴビ砂漠徒歩横断(870km)
・2000年8月、中国新疆ウイグル自治区・タクラマカン砂漠徒歩横断(590km)
・2001年6月~7月、アフリカ南部・カラハリ砂漠徒歩縦断(591km)
・2003年6月~翌3月、南米大陸徒歩縦断(8800km)
・2004年7月、沖縄を徒歩一周(312km)し総距離が「地球一周4万km」に到達
・2005年6月~9月、30年ぶりに日本徒歩縦断(75年時と同ルート)
・荷物を「田吾作」と名付けたリヤカーに積んで歩き「リヤカーマン」の異名をもつ

著書・関連書
アジアてくてく記―足で旅した6200キロ
リヤカーマン アフリカを行く―歩いてアフリカ大陸横断11000キロの大冒険
サハラてくてく記―リヤカーマンアフリカ大陸横断11,000キロ
田吾作、アフリカを行く―リヤカーで大陸横断6700キロ
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2016年01月01日 | 未分類 | トラックバック:0 | コメント:0

ハインリヒ・ハラー(H.ヒラー)

ハインリヒ・ハラー(~2006年1月7日) オーストリア生まれ

チベットの七年―ダライ・ラマの宮廷に仕えて主な経歴・業績:
・1939年、友人アウフシュナイターらとヒマラヤ・ナンガバルパット登頂を目指し出発
・雪崩のため登頂を断念
・1940年9月、第二次世界大戦が始まりインドの捕虜収容所に収容される
・1942年9月、脱走に成功。アウフシュナイターと再会し2年間逃避行
・1944年、ラサに潜入
・ダライ・ラマの個人教師となる

著書・関連書:
チベットの七年―ダライ・ラマの宮廷に仕えて
セブン・イヤーズ・イン・チベット―チベットの7年

2015年01月01日 | 未分類 | トラックバック:0 | コメント:0

エルキャピタン(El Capitan)

el.jpg
Photo by (c)Tomo.Yun

 2004年10月20日、米ヨセミテ公園事務所がエルキャピタンの山頂付近で日本人男女2人が死亡しているのを発見した。現場は約1000メートルのがけがほぼ垂直に切り立った絶壁。悪天候のためヘリによる救助が遅れ、21日に遺体が収容された。2人は兵庫県尼崎市の「自然学校やまかぜ」の代表とスタッフだった。19日に低気圧の接近で季節外れの強い風雪となり、がけの中腹で動けなくなっているのを他の登山者に目撃されていたという。 2人は9月24日から10月24日までの日程でロッククライミングツアー参加、「The Noseノーズ」というルートで挑戦していた。

2015年01月01日 | 未分類 | トラックバック:1 | コメント:0

2008年10月13日 | 未分類 | トラックバック:0 | コメント:0

槙有恒

2006年07月08日 | 未分類 | トラックバック:0 | コメント:0

中沢新一(なかざわ・しんいち)

中沢新一(1950年5月28日)山梨県生まれ 宗教学・哲学・芸術人類学

主な経歴・業績
・1969年、山梨県立甲府第一高等学校卒業
・1970年、東京大学教養学部理科二類入学
・1972年、東京大学文学部宗教学宗教史学科進学
・1974年、同大学院人文科学研究科宗教学専攻修士課程進学
・1977年、同大学院博士課程進学
・1982年、同大学院博士課程満期中退
・1983年、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所助手
・1993年、中央大学総合政策学部教授、ゾクチェン研究所所長
・2006年、多摩美術大学美術学部芸術学科教授・芸術人類学研究所所長
・祖父は中沢毅一。父は中沢厚。父の弟は中沢護人。父の妹の夫は歴史学者の網野善彦

著書・関連書
・1983年『チベットのモーツァルト』せりか書房
・1985年『雪片曲線論』青土社
・1986年『野ウサギの走り』思潮社
・1987年『虹の理論』新潮社
・1988年『悪党的思考』平凡社
・1988年『古代への幻視――人類思想の再生をめざして』アルファ・アート出版
・1992年『森のバロック』せりか書房
・1993年『三万年の死の教え―チベット『死者の書』の世界』角川書店
・1995年『哲学の東北』青土社
・1995年『日本人は思想したか』新潮社
・1998年『ブッダの夢――河合隼雄と中沢新一の対話』朝日新聞社
・1998年『音楽のつつましい願い』筑摩書房
・1991年『ファンダメンタルなふたり』文芸春秋
・2002年『緑の資本論』集英社
・2003年『精霊の王』講談社
・2001年『フィロソフィア・ヤポニカ』集英社
・2003年『仏教が好き!』朝日新聞社 
・2005年『アースダイバー』講談社
・2006年『芸術人類学』みすず書房

2006年04月28日 | 未分類 | トラックバック:0 | コメント:0

三吉朋十(みよし・ともかず)

三吉朋十(1882年2月10日~1982年2月9日)北海道生まれ

miyoshi主な経歴・業績
・1905年、札幌農学校卒業。マニラに渡航し誌昆虫採集
・1906~08年、三井物産香港駐在員
・1911~17年、マレー半島でゴム栽培を手がける南亜公司に入社。ジョホールで現場主任を務める
・第1次大戦中、インド・ビルマを旅行。ジャワ島スラバヤ市に4年居住
・1932年、台湾総督府嘱託としてチモール方面・ジャワ・バリなど旅行
・1937年、フィリピンンのルソン・パラワン島に旅行
・南洋経済研究所嘱託、明大講師などを務める
・第2次大戦後、日本の民俗学、とくに石仏研究に従事

著作・関連書
・1942年『比律賓の民俗』偕成社
・1942年『南洋動物誌』ダイヤモンド社
・1942年『パラワン・チモール・セレベス探検記』刀江書院
・1942年『比律賓の土俗』丸善
・1942年『比律賓の宗教と文化』偕成社
・1943年『東印度の土俗』日本公論社
・1963年『呂宋壷』仏教民俗会
・1964年『東南アジア諸族の佩用の頸飾珠〈珞珠〉』
・1988年『東京古寺地蔵めぐり』有峰書店新社

2006年04月27日 | 未分類 | トラックバック:0 | コメント:0

鹿野忠雄(かの・ただお)

鹿野忠雄(1906年~1945年消息不明)東京生まれ

主な経歴・業績
・1906年、東京生まれ
・1917年、このころから昆虫採取を始める
・1924年、開成中学卒業。1年間昆虫採集に費やす
・1925年、台北高等学校入学。登山と昆虫三味
・1929年、台北高等学校卒業
・1930年、東京帝国大学理学部地理学科入学。生物地理学・地形学・民族学を学ぶ
・1933年、東京帝国大学理学部卒業、同大学院進学
・1934年、台湾総督府嘱託として高砂族、南方民族の研究に従事
・1936年、澁澤敬三と出合う
・1937年、澁澤の援助で台湾パイワン・ヤミ族を調査
・1941年、「次高山彙に於ける動物地理学的研究」で理学博士
・1942~43年、陸軍嘱託としてフィリピンで『比島先史学研究所』を創設後、帰国
・1944年6月、陸軍嘱託として北ボルネオに渡り民族調査。帰還せず。日本の憲兵によって撲殺されたという説がある

著書・関連書
・1941年『山と雲と蕃人と―台湾高山紀行
・1945年『台湾原住民図譜 第一巻』(瀬川孝吉との共著)
・1946年『東南亜細亜民族学先史学研究〈第1巻〉
・1952年『東南亜細亜民族学先史学研究〈第2巻〉

・山崎柄根『鹿野忠雄―台湾に魅せられたナチュラリスト』平凡社1922

2006年04月26日 | 未分類 | トラックバック:0 | コメント:0

三浦雄一郎(みうら・ゆういちろう)

三浦雄一郎(1932年10月12日)青森県生まれ
三浦家公式HP:http://www.snowdolphins.com/

三浦雄一郎 永遠の少年主な経歴・業績:
・1960年代からプロスキーヤーとして活躍
・1964年7月、イタリアキロメーターランセに日本人初参加
 時速172.084キロで世界新記録樹立。
・1966年4月、富士山直滑降
・1970年5月、エベレスト・サウスコル8000m世界最高地点スキー滑降
・1985年、世界7大陸最高峰からの滑降に成功
・2003年5月、次男豪太とともにエベレスト登頂
 世界最高年齢登頂記録(70歳7カ月)樹立
・2008年、中国側からエベレスト山頂を目指す
・北海道大学獣医学科卒。現在、クラーク記念国際高等学校校長

著作・関連書:
高く遠い夢―70歳エベレスト登頂記
三浦雄一郎の元気力
三浦家の元気な食卓―驚くべきパワーの秘密
三浦家のいきいき長生き健康法
スキー武者修行
スキー超特急
三浦雄一郎の敗けない男の子にする本―父親は息子をどう鍛えたらよいか

2005年10月10日 | 未分類 | トラックバック:0 | コメント:0

風間深志(かざま・しんじ)

風間深志(1950年9月26日)山梨県生まれ
公式HP:http://www.kazama-world.com/

10万回のキャスティング主な経歴・業績:
・1972年~80年、「月刊オートバイ」編集
・1980年2月、アフリカ大陸最高峰キリマンジャロ(5895m)にバイク登攀
・1982年1月、パリ・ダカールラリーに日本人初出場。2輪部門6位入賞
・1982年5月、宇崎竜童,根津甚八らとオフロードクラブ『MAC』を結成
・1984年10月~11月、チョモランマ(8,848m)にバイクで挑戦
・1985年10月~12月、チョモランマに再挑戦
・1987年2月~5月、バイクで世界初の北極点到達
・1990年4月、「地球元気村」を主宰
・1991年11月~翌1月、バイクで世界初の南極点に到達
・2004年1月、53歳で22年ぶりにパリ・ダカ2輪部門に参加するも、第4ステージでスタート直後に転倒、左足を負傷し無念のリタイア。
・2005年9月、パリ・ダカでの怪我から復帰し、富士山登頂。
・現在「MAC」のリーダー、椎名誠「いやはや隊」のメンバーほか

著作・関連本:
地平線への旅―バイクでやったぜ北極点
風間深志の2輪サバイバルテクニック―走る!攻める!生きのこる!
風のように、少年のように―風間深志と10人の野性児(おとこ)たち
2DKと大自然―“日常の重さ”を知った時、“冒険心”がわきあがる
キャンプ術

2005年10月10日 | 未分類 | トラックバック:0 | コメント:0

白石康次郎(しらいし・こうじろう)

白石康次郎(1967年)東京都生まれ
公式HP:http://www.nagisa.tv/kojiro/

七つの海を越えて―史上最年少ヨット単独無寄港世界一周主な経歴・業績:
・高校卒業後、ヨット単独世界一周レース優勝の多田雄幸に師事
・1993年10月~翌3月 「スピリット・オブ・ユーコー(雄幸)」号でヨット世界最年少(26歳)単独無寄港世界一周(176日間)
・1998年8月、フランス人ブルーノ・ペイロン氏の大型ヨット「エクスプローラー号」のクルーとして太平洋横断世界最短記録樹立(14日間)
・2000年7月、キャメルトロフィー・トンガ/サモア2000出場
・2002年9月~翌4月、『アラウンド・アローン』(世界4大ヨットレースの1つで単独世界一周) に艇の小さい「クラスⅡ」で初参戦。総合4位
・神奈川県立三崎水産高等学校卒

著書・関連書:
アラウンドアローン
大冒険術―ぼくらはなぜ世界に挑むのか
冒険者―僕たちに夢と勇気を…
白石鉱次郎176日の航跡[ビデオ]

2005年10月10日 | 未分類 | トラックバック:0 | コメント:0

安東浩正(あんどう・ひろまさ)

安東浩正(1970年1月23日)広島県生まれ
公式HP:http://www.tim.hi-ho.ne.jp/andow/
関連URL:
http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__1281160/detail
http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__1284465/detail

チベットの白き道―冬期チベット高原単独自転車横断6500キロ主な経歴・業績:
・2002年9月~翌5月、248日間かけてノルウェー国境近くのロシア・ムルマンスクからオホーツク海に面した極東マガダンまで14,927キロのシベリア自転車横断に成功
・2003年、第8回『植村直己冒険賞』受賞
・2004年12月~翌5月、サハリン南端からベーリング海峡までシベリア(8700キロ)を自転車で走破
・鳥取大山岳部OB。雲南大学留学

2005年10月10日 | 未分類 | トラックバック:0 | コメント:0

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